【彼にとっては、クルマのセールス台数を増やすのと同じくらい、
自分の連勝記録を伸ばすのも大切だった。】

――「スローカーブを、もう一球」山際淳司著、角川文庫、
   「ジムナジウムのスーパーマン」より

助手席に娘を乗せ、横浜新道をのんびりと走らせながら、
「ジムナジウムのスーパーマン」を思い出していた。
スカッシュの神様こと坂本聖二さんはカーセールスの仕事をやり続けながら、
スカッシュにも全力疾走だった。

その坂本さんが定年前、最後の1年を過ごすことになった藤沢の販売店に、
僕たちはクルマを走らせていた。
10月25日、坂本さんの退職の日は1週間後の11月1日だ。

その3日前、坂本さんは体の手入れにうちに来た。
「今月、点検だよね……でも、遠いから無理しなくていいよ」
その言葉の本心を僕は百も承知だった。
鶴見の販売店で偶然出会ってから12年――
もう、セールスマンとしての坂本さんには会えないことになる。

坂本さんからはたくさんのことを学ばせてもらった。
スカッシュも教えてもらった。
頂点を極めた男の誇りと人を大切にする心に触れることもできた。

翌日、僕は藤沢の店にクルマの点検の予約をいれた。

【つづく】

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