初夏を思わせる陽射しが注いでいた。体を全力で動かすことから遠ざかってしまった僕からすれば、こんな日に思い切り走り回れる若者たちは素直に羨ましい。そうは言っても、僕にもそんな青春の時代は確かにあった。過去に戻って、そんな眩しい季節を体感することは残念ながらできない。しかし、フィールドを走り回る若者たちを見る楽しみや喜びは、むしろ、今の方が真っ直ぐに伝わってくる気がする。

4月21日の日曜、昼下がり。チームトレーナーとなった元選手のシュンタから、江ノ島フリッパーズの試合の誘いがあった。渡りに船のような気分だった。7年前のチーム発足時、ひょんなことから僕はフリッパーズの初年度のシーズン全試合を見ることになった。理由は様々ある。でも、その一番の理由は「楽しんで勝つ」のチームコンセプトにあった。競技スポーツである以上、スポーツには勝ち負けは付きものだが、フリッパーズのコンセプトには「勝つ」の前に「楽しんで」が乗っかっていた。そこが気に入った。スポーツ界の現状を振り返った時、行き過ぎた勝利至上主義のために、失われているものがたくさんあるように思っていた。
だからこそ、フリッパーズがどんな風に楽しんで勝つ1年を過ごすのか、この目で見届けたかった。当時のフリッパーズは神奈川県社会人リーグ3部、初年度に2部昇格を目指していたが、残念ながら5勝1敗1分の好成績ながら、昇格は惜しくも逃した。それでも、フリッパーズの戦いぶりは、僕が期待していた以上だった。レギュラーもサブもない交代枠を全部使っての全員サッカー、個性をチームに活かすポゼッションサッカーは、「スポーツは楽しんで見るもの」ということを再認識させてくれた。
そんなフリッパーズの試合をおよそ5年振りに見る機会をシュンタが作ってくれた。その誘いに乗らないわけにはいかない。フリッパーズは2年目のシーズンに2部昇格を果たし、その試合は見届けることができた。あれから5年、チームはどんな成長を遂げたのか、僕は久しぶりの高揚感に身を委ねてみることにした。

東急田園都市線の市が尾駅から歩くこと15分、人工芝が輝く谷本公園サッカー場に着いた。東名の横浜青葉インターがすぐそばにあり、鶴見川が近くを穏やかに流れている。着いた時には、まだ試合は始まっていなかった。
今シーズンの第2節を迎えるフリッパーズは、シーズン初勝利を目指していた。谷本公園サッカー場には、小さいながらもスタンドがあり、対戦相手は横断幕を取り付けて、サポーターたちが気合いを入れていた。見渡すとフリッパーズのサポーターは僕を含めて、9名程度。チームの発足時から情熱を持って、チームの運営に関わっている顔見知りの人たちもいた。彼らはこの間、フリッパーズをずっと見守っている。気まぐれで訪れた僕とは比べ物にならないフリッパーズ愛を持っている。
選手兼コーチ役のミツ、チームトレーナーのシュンタもフィールドにいた。シュンタと目が合い、手を上げると笑顔の挨拶が返ってきた。ミツもシュンタもゼロからスタートしたフリッパーズに当初から関わっている。この日も発足時からのメンバー4人がスタメンに名を連ねていた。ベンチには10番のヒロもいる。5年ぶりに見る社会人となった彼らの顔は皆、精悍さを増していた。

シュンタの先導でメンバーが黙々とアップを始めた。サッカーチームらしくなった。この日、新しいメンバーたちと融合したフリッパーズが、どんな試合を見せてくれるのか、初年度のシーズンとはひと味違う期待が膨らんだ。
対戦チームは昨年県リーグ1部で優勝したチームのセカンドチーム。結果を見るとフリッパーズは昨年も同じカテゴリーで戦い、負けている。簡単には勝たせてくれないだろう。どのチームにも言えることだが、社会人として県リーグに参戦して、サッカーを続けていくということは、それなりのハードルもある。平日に練習が組めるか否か、また練習場の確保。そもそも仕事との絡みでの練習への参加の可否、家庭を持つ者であれば、家族との関係。子供の頃とは違い、ただ好きなだけではサッカーはやれない。このフィールドに集う選手たちは、そこを乗り越えてきた選手たちばかりだ。金のためでも名誉のためでもない。もっと純粋な気持ちを持って、サッカーというスポーツと向き合っていると思う。チームのため、支えてくれる人たちのため、そして何よりも自分のため。サッカーの楽しみをとことん追求し、人生をも楽しんでいると思うのだ。

ホイッスルが鳴った。フリッパーズの若き大人たちが躍動している。幸運にも僕はフリッパーズの7年目のシーズンに立ち会うことができた。時を経て、新メンバーが加わっても、フリッパーズはスポーツの理想を追求するチームのまま確実に成長している。
激しいボールの奪い合い、ぶつかり合う肉体、時にはミスもするが、フリッパーズ持ち前のパス交換は進化していた。チームをずっと支えてきたメンバーたちも輝いている。ハズムがドリブルでテンポよく駆け抜ける。ユウとユウヤが積極的に両サイドを切り裂き、ショウマがファインセーブと的確なコーチングでチームを盛り上げる。ミツ、シュンタ、ヒロたちも、一丸となって仲間たちを見つめている。勝ち負けは、後回しで良い。たったひとつのボールを追いかけ、ゴールを目指して、ひた走る若者がいるだけで、もう、それだけで十分だ。
チーム発足当初、僕はあるアマチュアサッカーチームの1年を追いかけた。

江ノ島フリッパーズ——

7年目のシーズンを迎える江ノ島フリッパーズは、神奈川県の社会人リーグの2部リーグを舞台に活動を続けている。僕は試合の観戦からは遠ざかってしまっていたが、その動向は気にしていた。そんな時、1通のメールが届いた。

当時選手だったシュンタがトレーナーとして、チームに復帰したのだ。
選手としても高校時代から知っているシュンタはフリッパーズでも発足メンバーとして活躍し、柔道整復師として社会に飛び立っていた。
そして、今季、サッカーへの情熱に溢れるシュンタはトレーナーとしてフリッパーズに戻ってきた。

メールにはこんな言葉が綴られていた。
「選手時代よりチームの勝利に対してより貪欲になっている自分がいて選手をサポートできる喜びと周りの方々から頂く応援の有り難みを毎試合感じております。」

心が震えた。小柄ながら機敏に動き回り、チームのために献身的に動いていたシュンタ。そのシュンタが大きく成長して、チームに新たな形で貢献しようとしている。

シュンタからは次節の試合の誘いがあった。戦っているのはフィールドの選手だけではない。
脇役が誰一人いないフリッパーズというチームの中、トレーナーしてのシュンタがどんな輝きを見せてくれるのか、今から楽しみしている。
昨シーズン、僕は江ノ島フリッパーズの公式戦全試合をこの目で見届けたが、今シーズンはその半分にも満たなかった。フリッパーズを語るには足りないのかもしれない。それでも今、書き記しておきたい気持ちに駆られている。
フリッパーズの2部リーグ昇格までの道のりは決して平坦ではなかった。その中でもキーポイントとなった試合がいくつかあったと思う。そこが、フリッパーズがフリッパーズ足り得るための大切な試合だったと僕は勝手に思っている。

まずは、チームが発足しての昨季のリーグ初戦、白いアウェイのユニフォームが躍った。交代枠5人を全て使い切り、「楽しんで勝つ」をテーマにしたフリッパーズの船出。0から作り上げたチームの昂揚感がピッチの外まで伝わってくる試合だった。
次はその秋、グループ首位として迎えた終盤の6戦目、11人ぎりぎりのメンバーでのノンストップの激戦。この試合はフリッパーズのポゼッションサッカーが、一歩進化した試合だったと思う。結局、ここでの引き分けが、初年度の昇格の妨げになってしまうが、全員サッカーで戦い切った90分は、大きな意味を持つ引き分けだと確信する。
そして、今季の公式戦初戦、リーグ戦が始まる前の全国クラブチーム選手権の県大会。新入団選手、退団選手、そして故障した選手がいる中、チームは自分たちのスタイルに拘って負けた。先制点を許す展開の中、チームは得点を焦らずに、とことん自分たちのスタイルに拘った。だから勝てなかったのかもしれない。でも、だからこそ昇格への道筋ができたのではないだろうか。
その後、フリッパーズはグループ首位チームに惜敗を喫するものの、それ以降、負け知らずのまま、この日を迎えることになった。

冬晴れの1月25日、神奈川県立体育センターの土のグラウンドでは、社会人リーグの2部昇格決定戦が4試合組まれていた。フリッパーズは第2試合、相手のFC LANDSはグループ首位で昇格トーナメントに参戦し、ここに辿り着いたチームだった。1年間のリーグをしぶとく戦い切ったチーム同士、強い思いのぶつかり合いになるはずだ。
開始直後、先制点を奪われたことをツイッターで知ったのは、小田急線の藤沢駅のホームだった。今のフリッパーズなら1点や2点のビハインドを跳ね返す力は持っていると言い聞かせて、とにかくグラウンドへと急いだ。
グラウンドに着くと、思いの外、観客が多い。さすがに昇格戦ともなると関係者以外にも,熱心な社会人サッカーファンも足を運んでいるようだ。グラウンドへ続く階段を降りるとフリッパーズのベンチ裏だった。リードされているにも関わらず雰囲気は上々、ベンチの面々の背中が躍動している。ピッチに目を移すと、青に紺のボーダーラインのフリッパーズのユニフォームが目に飛び込んできた。押し気味に攻めているのが、はっきりとわかる。惜しいシュートが何本かあった後に、コーナーキックから同点弾をねじ込んだ。歓喜に沸くイレブン。両手を頭の上で重ねる奇妙なゴールパフォーマンスをしながら、誰もが笑顔に溢れていた。思い切りサッカーを楽しんでいる。これこそフリッパーズの真骨頂だ。

フリッパーズのチームコンセプトに「ポゼッション」がある。サッカー的な日本語に直せばボール支配率あるいはボール保持率と言うことになるだろう。今までの試合を見ていて、フリッパーズが目指している「ポゼッション」とは、単にボールを繋いで保持するだけではなく、気持ちの上でもしっかりと繋がっていることを意味しているような気がする。気持ちの籠っていないパスは淡白で繋がらないことがある。太い絆で結ばれたパスは仲間の心へとしっかりと届き、そのパスの意味さえもダイレクトに伝わるはずだ。仮にパスが繋がらなかったとしても、またやり直す勇気も沸く。この日のフリッパーズはベンチもサポーターも含めて、この1年10ヶ月で培ってきた太く強い絆で結ばれているようだった。

後半になっても、フリッパーズは自分たちのサッカーを貫いた。迷いはない。ピンチも全員で守り、相手の素晴らしいシュートもキーパーが必死に防いだ。次の1点を取った方が昇格、そんなムードの中、フリッパーズは主導権を握り続けてゲームを進めているように見えた。そして、後半も終盤、ドリブルで駆け上がった選手が見事にビューティフルゴールを決める。
歓声、笑顔、ガッツポーズ、拍手……ピッチの内と外で1年10ヶ月分の喜びが爆発していた。フリッパーズは最後まで自分たちのサッカーをやり切り、楽しんで勝った。

チームが発足して昇格を果たしたこの日まで、僕はフリッパーズを通してサッカーを改めて楽しませてもらった。ほとんどが勝ち試合だったが、負けも引き分けも、いつもフリッパーズらしくみんなでサッカーを楽しんでいた。これから一段ステージが上がる。でも、決してこれまでのスタイルを変えずに、もっともっとサッカーを楽しんで欲しいと願う。そして、いつの日か、Jリーグのチームに挑戦する日が来ることを大真面目に楽しみにしていたい。
詳細は改めて。

気持ちがひとつになったナイスゲーム。

昇格決定戦
江ノ島フリッパーズ 2対1 FC LANDS
江ノ島フリッパーズ対オール薩摩 1対0でフリッパーズの勝利。
今回は応援には行かれなかったが、チームはまた一歩前進した。

次週25日はいよいよ2部昇格決定戦、
自分たちのスタイルを貫き通せば、きっとやれるはず。
1月11日(日)、神奈川県社会人サッカー選手権・2部昇格トーナメント1回戦。
江ノ島フリッパーズ対三菱ふそう 2対0でフリッパーズの勝利。
翌週の2回戦に駒を進める。

チーム発足から2年目のシーズン、一歩一歩確実に歩んでいるフリッパーズ。
熱い試合はまだまだ続く。
6勝1敗――勝ち点18、得失点差23、グループ2位。
最終節を終え、江ノ島フリッパーズは県2部リーグへの昇格戦参戦を決めた。シーズン序盤の首位チームへの惜敗はあったものの、ポゼッションを意識したパスサッカーは臨機応変さを融合させ、2年目に見事に開花した。

今シーズン、僕はシーズン序盤以外のフリッパーズの活躍をこの目で見ることはできなかった。それでも、入る情報に目を光らせ、耳を傾け、フリッパーズの動向を見守っていたつもりである。
今シーズンのフリッパーズは選手の入れ替え、怪我人との戦いを乗り越え、チーム発足当初の「楽しんで勝つ」をもう一歩成長させてやり切ったようだ。

昇格戦は来年早々にある。それぞれのグループ1位、2位のチームによる昇格戦は簡単にはいかないだろう。2年目のフリッパーズがどこまで戦えるのか。緊張感の中、メンバー全員の笑顔が見られることを、そっと祈っていたいと思う。

それぞれの事情があり、退団する選手も出た。
その反対にフリッパーズの理念に共感し、新たに加わった選手たちもいる。冬を越え、黙々と練習に励み、チームは2部昇格を目指してこの5月から2年目のスタートを切った。
初戦はリーグ戦ではなく、クラブチーム選手権のトーナメント。多くの故障者を抱えるチームは攻め込みながらも、得点を取れずに0-1で惜敗する。ただ、「ポゼッション」をテーマにスタイルを貫き通して負けた敗戦は、決して無駄ではなかった。

翌週のリーグ初戦、その成果が早くも出る。相手チームは昨シーズンも激戦を繰り広げ、どうにか勝ち切ったチーム、今シーズンは早くも大きな山場が訪れることになった。
6月1日の横浜は真夏を思わせる陽射しが、容赦なく降り注いでいた。人が動き、パスを回し、ボールを保持しながら、ゴールを目指すポゼッションサッカーでは1試合を通して、どこまで走り続けられるかが、勝敗を分けるポイントでもある。
前半、相手のパスカットからのカウンター攻撃で、フリッパーズは先制される。ここまでは前週の試合と全く同じ試合展開。ただ、前線からプレッシングをかけ、早い段階でボールを保持しようとするスタイルは、前週の試合よりも更に進化していた。
2年目の若いチームにとっては、たった1試合の敗戦が大きな経験値となるのかもしれない。勿論、その経験値をプラスに転嫁できるか否かは自分たち次第だが、この試合、先制されてもチームの誰もが前を向き、決して俯きはしなかった。

その後半、交代選手が躍動する。このチームにはレギュラーはいない。スタメンだろうと、サブだろうと、それぞれの個性をフルに活かし合い、チームでのゴールを目指し続けている。
そして、運動量が落ちつつある相手チームの選手の間隙を縫い、交代で入った11番の左サイドの選手から鋭いボールが入った。そのボールに、これまた交代で入った23番の右足が反応した。前週の試合で外した彼のゴールは1週間後に時を越えてゴールネットに突き刺さった。同点、振り返れば勝負はここで決していた。
そのすぐあと、新入団選手がドリブルから見事に逆転ゴールを決め、フリッパーズはリーグ初戦をものにした。
5勝1敗1分、勝ち点16、得失点差19――。
江ノ島フリッパーズはグループ3位でリーグ戦を終え、昇格戦への参戦は惜しくも叶わなかった。

11月24日、結果として最終戦となってしまった試合は、お互いが昇格戦を賭けたビッグゲームとなった。
前半、硬さの目立つフリッパーズは相手の勢いに押される形で3点を失ってしまう。でも、ここからフリッパーズは猛烈な追い上げを見せる。引き分け以上が目標に辿り着く為の最低条件の中、攻守にわたってチーム一丸となり、同点に追いついた。
しかし、サッカーの神様はフリッパーズには振り向いてくれなかった。終了間際に勝ち越しゴールを許し、フリッパーズの初シーズンの全てが終った。
 
実は後日談がある。このあと、フリッパーズにはもう1試合あるはずたった。昇格戦に関わるチームとの兼ね合いでその勝敗如何によって、わずかではあるがグループ2位の可能性が残されていた。それまで使っていたグラウンドは日程的な利用制限によって使えなかった。試合消化の期限まで残り2週間、フリッパーズの選手と関係者は相手チームとの試合交渉、グラウンドの確保に奔走した。
ここでもフリッパーズは一丸となった。苦心の末にどうにかグラウンドを確保し、あとは相手次第と言うところまで漕ぎ着けたが、再びサッカーの神様は振り向いてくれなかった。ノーゲーム、残念ながら最終戦は幻の試合となってしまった。
 
今シーズン、僕は縁あって、フリッパーズの全ての公式戦を見ることができた。こんな結末は予想もしていなかったが、決して恵まれた環境ではなかった選手や関係者たちの激動の1年を思うと、心から拍手を送られずにはいられない。
僕は自分の子供がサッカーと言うスポーツを選んだ幼い頃から、フィールドを走るたくさんの子供たちを見つめてきた。時に勝敗の無常さを憂い、大人の論理を嘆き、それでもボールを追い続ける子供たちに、自分なりの声援を送って来たつもりである。
その後も中学高校と子供の成長に伴いサッカーを見る機会に触れ、フリッパーズと言う無名の新参チームと出会うことになった。そこで見たものは、「喜怒哀楽をみんなで共有する」と言う当たり前のようで、なかなか見ることができないものだった。

行き過ぎた実力主義や勝利至上主義の為に大好きなサッカーから離れてしまう子供たちが大勢いる。楽しむことと勝つことは共有できないのか、負けてしまうことがそんなに悪いことなのか、何でみんなでもっと楽しまないのか、溢れる疑問に自問自答しながら、ずっとサッカーを見つめていたような気がする。
「江ノ島フリッパーズ」はそんな疑問に明快な解答を出してくれた。誰の為のサッカーなのか、何の為のスポーツなのか、汗と笑顔をふりまき、チームのメンバー分け隔てなく、疾走する彼らを見ていると、長年抱えていた自分の疑問に終止符を打ってくれるようだった。

楽しんで勝つ――

来季、フリッパーズはどこへと向うのだろう。スタイルを貫き、目標を達成する為の障壁は大きい。だけど彼らならきっとできるはずだ。目標と期待を胸に、フリッパーズは2年目に向けてのスタートを切った。
左サイドからふんわりとしたクロスが上がる。
試合開始早々、フリッパーズの14番F君が右サイドから豪快なボレーシュートを決める。雨天順延や不戦勝が続く中、F君にとっての公式戦初ゴールはチームに溜まった熱情を爆発させるようなシュートだった。

曇り空の11月3日、文化の日、暑くも寒くもないグッドコンディション。リーグ戦も残すところ3試合、フリッパーズにとって、2部昇格に向けて厳しい戦いが続くことになる。この日はいつものグラウンドではなく、横浜ベイブリッジの傍にある大黒埠頭中央公園のグラウンド。ところどころ土の見える芝のフィールドは前日の雨で滑りやすくなっていた。
グラウンドの手配、審判の依頼、急な日程によるメンバーの確保など、社会人リーグならではの苦労の末、ようやく辿り着いた一戦だった。
この試合のベンチはマネージャーの女子がひとりで守る。今回はジャスト11人。思いに反して、どうしても参加できなかったメンバーもいる。だからこそ、フリッパーズのチーム力を試される一戦でもあった。
 
相手チームはスポーツ系の専門学校が母体のチームで、メンバーはフリッパーズ同様若い。すでに3敗は喫しているものの、上位チームとはいつも接戦を繰り広げていた。
先制したフリッパーズだったが、その後は一進一退の激しい攻防が続く。前半はお互い豊富な運動量を全面に出した攻守が目まぐるしく変わる展開。簡単にロングボールを蹴り込むことをせず、力と力、スピードとスピードのボールの奪い合いがノンストップで続く。
前半はフリッパーズが1点リードのまま終了。後半もこのペースで続くのか、それともどちらからの気持ちが切れるのか、応援する者にとっては、ほっと一息のハーフタイムになった。

応援席にはフリッパーズのサポーターの母親たちがいる。いつも温かい声援を送り、メンバー全員へ慈愛に満ちた眼差しを送っている。彼女たちは選手が幼い頃からフィールドを走る姿を見守ってきた。子供たちはいつの間にか大学生に成長し、フリッパーズのメンバーとなり、フィールドを疾走している。
ここに至るまでには彼女たちも多くの苦労を重ねてきたと思う。日々の食事、怪我の手当て、子供の夢への無償の援助……。その成長に全身全霊を傾けてきた母親たちに思いを馳せると、胸がぐっと熱くなる。だからと言って選手に「恩返しをしろ」とは言えない。ただ、自分たちのサッカーへの情熱を悔いなくぶつけられれば、それが一番の恩返しになると思うのだ。

そんな感傷に浸っていると、両チームの選手たちはすでにフィールドに散らばっていた。見上げればベイブリッジ、後半のホイッスルがいつも通りに鳴った。
後半も前半のノンストップの激しさが続いた。あえて言えば、若干前がかりのフリッパーズに対して、相手チームはやや守備への意識が強い。プレスをかけボールを積極的に奪いに来る。そんな相手にフリッパーズはあくまでもボールを細かく繋ぎ、時にパスカットからのカウンター攻撃を仕掛け、ゴールの扉をこじ開けようとしている。無理矢理に蹴ることはほとんどない。お互いに惜しいシュートは何度もあるが、両チームのキーパーがファインセーブで凌ぐ。勝負の分かれ目は、集中力と体力になりつつあった。
終盤、相手チームのコーナーキックからゴールのファーサイドに鋭いボールが蹴られた。長身選手にぴったりのタイミング。ヘッドから放たれたボールはこれでもかと言わんばかりにゴールネットに突き刺さってしまった。ここから踏ん張れるか否か、フリッパーズにとって、チーム力を試される時間が訪れることになった――。

ピッ、ピッ、ピッー
へたり込む選手もいれば、うな垂れる選手もいる。勝者も敗者もいない。引き分けと言う結果はフリッパーズのメンバーにとっても悔しいに決まっている。それでも、試合をやり遂げた彼らの顔を見ていると、全てを出し切った充実感が悔しさの端々に見え隠れしている。
選手の母親たちもみんな穏やかな笑みを湛えている。これでいい。スポーツはやる者も見る者も、豊かな気持ちになればいいはずだ。
ここまでフリッパーズはふたつの不戦勝を含めて5勝1分。なんとかグループ首位をキープした。残すところあと2試合、次の試合にはこの日、来られなかったメンバーも来るだろう。雰囲気は十分に盛り上がっている。
帰り道、メンバーの談笑する姿が目に入った。「一体感」と言う言葉が頭に浮かんだ。
夏の終わりのフリッパーズ・江ノ島フリッパーズ第5戦より
Jリーグが誕生した頃からサッカー少年を取り巻く環境は大きく変わった。プロを目指す子供たち、プロを目指させる親たちが増えた。それゆえ、少年時代に指導環境に恵まれたJリーグの下部組織や強豪校に入ること、またトレセンと呼ばれる強化選抜になることをひとつのステータスと考える人たちも増えた。
反対にサッカーそのものを純粋に楽しめる環境は狭まってしまったと言えなくもない。その功罪はともかく、フリッパーズのメンバーも少年時代からそんな環境の中に晒されてきた。競い合い、時に涙を流しながら、自分たちを必死に高めてきた。
今のフリッパーズにスタメン、サブの垣根はない。頼るべきコーチングスタッフはいないが、ことサッカーに関してはリスペクトし合い、お互いの長所を引き出し合い、ひとつのチームとして繋がろうとしている。だから、ここまでの3試合、交代枠は全て使い、スタメンも毎回違っている。それが「江ノ島フリッパーズ」と言うチームなのだ。

9月1日、晩夏の陽射しが、最後の力を振り絞るように乾いたピッチに降り注いでいる。不戦勝を挟んでのフリッパーズの第5戦は同じく新規参入の若いチームとの全勝対決だった。2部昇格を目指すフリッパーズにとって、負けられない1戦を早くも迎えることになった。
この夏、フリッパーズのメンバーは時間を合わせ、グラウンドを点々としながらもこつこつと練習を積んできた。お互いのアルバイトの時間を調整し、学生の特権である夏休みを最大限に利用して、チーム力の向上を図ってきた。
今回の対戦相手はフリッパーズ同様、若いチームだが、試合前の練習を見ていても、それぞれがしっかりとした技術を持っている。簡単には勝たせてくれないだろう。暑くて熱い試合になるに違いない。
フリッパーズはその日のキャプテン役を中心に、みんなで話し合って戦い方を決める。試合前のミーティングも笑顔を交えながらも程よい緊張感に包まれたフリッパーズ独特の雰囲気が漂っていた。

全勝対決のホイッスルが鳴った。
お互いの集中力がピッチの外にも伝わってくる。やや慎重なスタートと言ってもいいかも知れない。たった1回の小さなミスが、勝敗を決してしまうような張り詰めた空気がある。ただ、膠着した序盤の戦いの中にあっても、フリッパーズは丁寧にボールを回し、攻守の切り替えへの意識の高さを保ち、徐々に徐々に相手ゴールを脅かしていた。それはボクシングにおけるボディーブローにように、じわりじわりと相手のスタミナを削ぎとるようでもあった。

前半も終盤に差し掛かろうとする時、右サイドR君からセンタリングを長身のワントップのM君がヘディングで押し込んだ。絵に描いたようなビューティフルゴール、主導権を握ったフリッパーズは前半終了間際にも相手のミスに乗じて、M君が2点目のゴールを決めた。
後半に入ってもフリッパーズの攻勢は変わらない。相手チームも必死のプレスで、ボールを奪い取りにかかるが、なかなかシュートまでは至らない。それでも相手チームは決して引いて守るわけではなく、あくまでも攻めの姿勢でフリッパーズと激しく渡り合っている。
Jリーグを頂点としたピラミッドの図式においては、最底辺に位置する県の社会人リーグ3部の試合、それでも目の前の1勝を目指して、全力を出し合う両チームの戦いは清々しい。結局、試合はその後1点ずつを取り合い、3対1でフリッパーズが勝った。
不戦勝を挟んでの開幕5連勝、暫定ながらフリッパーズはここでグループ首位に躍り出た。
チームを運営するスタッフ、メンバーの家族、友達……
フリッパーズにはチームを支えるサポーターが存在する。まだできたばかりの社会人3部のチームではあるが、自分たちの流儀で自分たちの頂きを目指すフリッパーズだからこそ、声を上げ、見守ろうとグラウンドに足を運んでくれる人たちがいるのだと思う。
7月28日、前夜の豪雨の影響もあって、グラウンドは少し滑りやすくなっていた。先月のリーグ戦が雨天順延になったフリッパーズにとっては2ヶ月振りの公式戦だった。

多くの町クラブがそうであるように、フリッパーズにもホームグラウンドはない。藤沢や鎌倉の中学の夜間開放や横浜の公共施設を利用して、練習場所を確保している。メンバーが集まって練習ができるのは週1回か2回。練習場所に不自由がなかった高校時代に比べると決して恵まれた練習環境とは言えないだろう。
それゆえ求められるのは、個人個人がどれだけのトレーニングや練習を積んでいるのかで、チームの成長は自己管理によるところもある。でも、それがチームにとってマイナス要素になるとは思えない。メンバーはもう高校生ではない。少ないチーム練習や求められる自己管理が、より深くサッカーを見つめ、大人のスタンスでサッカーと向き合う絶好の機会に成り得るはずだ。そして、そんな関わり方こそが、大人としてフリッパーズでサッカーを楽しむための原動力となるに違いない。

試合はフリッパーズ優勢で進んでいく。
運動量豊富なフリッパーズに対して、相手チームはゴールキーパーを中心にしっかりと守りを固め、カウンターの機会を伺っている。泥臭くも潔く、若いフリッパーズに対抗する術に徹した社会人チームの戦いぶりだ。前半、時間のほとんどを相手陣内で戦っていたフリッパーズだったが、結局は2点止まり。それでも後半に向けて相手チームの体力を消耗させるには十分な試合展開だった。
前週、フリッパーズはメンバーの多くが在籍した母校との練習試合を組んだ。少し小さめながらも天然芝のグラウンドはポゼッションをテーマにするチームにとっては、都合の良い練習機会だったと思う。それに何よりも母校の後輩たちに胸を貸し、真剣勝負がやれたことに勝敗を超えた収穫もあったと思う。

後半は完全にフリッパーズのペースになった。
相手チームも必死になってパス回しに食らい付いてくるが、フリッパーズは攻撃の手を緩めない。相手をリスペクトし、全力を尽くすこと。だからこそ、勝っても負けても悔いのない汗がかける。スポーツをすることの喜びは勝敗を超えたお互いの関係性にもあるだろう。
今回、フリッパーズは怪我で出られないN君が監督役を引き受けた。フィールドを走り回りたい気持ちを抑え、ベンチからチームに参加している。その采配も的中し、今回も交代枠全てを使っての7対0の快勝だった。
 
汗まみれの顔、泥だらけのユニフォーム、裏方として動き回るマネージャーたち。高校の部活で見慣れた風景も、高校生の頃とはどこか違う趣がある。
フリッパーズはささやかな歩みを進めながら、一歩一歩確実に成長している。
江ノ島フリッパーズの第2戦は埃舞う強風のグラウンドだった。
カウンター攻撃を仕掛けてくる相手チームに対し、前半に2点を先取、後半早々に3点目をもぎ取り、フリッパーズは優勢に試合を進めていた。
既に交代選手を4人使い、交代枠はあと1人。ここで開幕戦同様、F君の出番が来た。待ってましたとばかりに彼は軽やかにフィールドに走り込み、トップ下のポジションにすっと溶け込んだ。

F君はフリッパーズの立ち上げから関わって来たメンバーの1人で、幼い頃から世話役のO氏夫妻に可愛がられていた。小柄ながら敏捷な動きが持ち味のミッドフィルダー、フリッパーズへの思いも人一倍強い。
高校時代、彼の公式戦への出場は決して多いとは言えなかった。大所帯が故のチーム事情もあったのかもしれない。その俊敏なフットワークと攻撃的なプレーは、膨らんだ蕾のままだった。
しかし、F君は高校3年間、大好きなサッカーをやり遂げる。そして高校サッカーから続く長い坂道の向こう側に「江ノ島フリッパーズ」が待っていた。

ゲームの終盤、試合巧者の相手チームは攻勢のフリッパーズの裏のスペースを狙って来た。足の速い選手を走らせ、一気にゴールを奪う作戦だ。全員がハードワークをこなして来たメンバーにとってはきつい時間帯が訪れていた。
F君も守備の意識を高めながらも攻撃の機を伺い、今の自分ができることに奔走した。結果的にフリッパーズは2失点を許したものの、「ポゼッション」というチームテーマを最後まで貫き、しぶとく勝利をものにする。

勝利を追い求めるチームはいくらでもあるだろう。また、何よりも楽しみを第一に考えるチームも少なくないはずだ。でも、フリッパーズはその両翼を広げ、自分たちの力で羽ばたき始めた。
 
このクラブを好きになってもらおう。
僕たちのやり方を好きになってもらい、僕たちのやり方に感動してもらおう。
僕たちが、僕たちのやり方を楽しもう。

謳われたクラブの理念のハードルは高く、決して容易なものではないだろう。でも、自分たちのやり方で精一杯走り回る若者たちの姿を見た時、フリッパーズが誰もが輝ける場所へとなりえることを感じずにはいられなかった。

「走れなかったです」
開口一番、試合を終えたF君はO氏に向かって呟いた。
「ゲームの流れの中で走れなかった?」
「いえ、フィジカル的にです」
F君は少し悔しそうだったが、そこには汗と埃にまみれた笑顔があった。

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