熱く、楽しく、思い切り走れ
2020年7月27日 スポーツ コメント (4)
7月26日、駒沢オリンピック公園陸上競技場――
強弱の雨が降ったかと思えば、急に晴れ渡る夏の日。
この日は延期になっていた東京陸上競技選手権の最終日だった。
「このままじゃ終われません」
専門の400mハードル決勝で8位だったYさんは小さく叫んだ。トレーナーとして、チーフのヒライのサブとして帯同したこの日、サポート選手の彼女は専門種目で予選を突破し、決勝に残った。
しかし、その言葉は納得のいくレースをやり切れなかった自分に対しての、彼女の叫びのように僕は聞こえた。
ただ、この日、まだ予定外の種目が残っていた。
4×400mリレー、通称マイルリレー。4年生として後輩たちに混じってのリレー、専門種目外ではあるが、気持ちを奮い立たせて、彼女はリレーにも挑むことになった。
「メダルを獲ります」という強い言葉に、ヒライも僕もただ「ガンバレ」としかいえなかった。
小雨が降りしきる中、第三走者の彼女が風のように疾走する。最下位で受けたバトンを、トップへあと少しの二番手まで彼女は引き上げた。
まるで雨粒が弾けるように、トラックを駆け抜け、アンカーの後輩の手へとバトンが渡った。彼女の活躍もあって、チームはこの種目で見事に優勝した。
レース後、ずっと彼女の面倒を見てきたチーフのヒライが満面の笑みで「よく頑張ったね」と今日一日を労った。彼女はそれ以上のスマイルを見せて、「ありがとうございます」と応えていた。
雨粒の遠く先に、青く澄んだ空が覗いていた。
強弱の雨が降ったかと思えば、急に晴れ渡る夏の日。
この日は延期になっていた東京陸上競技選手権の最終日だった。
「このままじゃ終われません」
専門の400mハードル決勝で8位だったYさんは小さく叫んだ。トレーナーとして、チーフのヒライのサブとして帯同したこの日、サポート選手の彼女は専門種目で予選を突破し、決勝に残った。
しかし、その言葉は納得のいくレースをやり切れなかった自分に対しての、彼女の叫びのように僕は聞こえた。
ただ、この日、まだ予定外の種目が残っていた。
4×400mリレー、通称マイルリレー。4年生として後輩たちに混じってのリレー、専門種目外ではあるが、気持ちを奮い立たせて、彼女はリレーにも挑むことになった。
「メダルを獲ります」という強い言葉に、ヒライも僕もただ「ガンバレ」としかいえなかった。
小雨が降りしきる中、第三走者の彼女が風のように疾走する。最下位で受けたバトンを、トップへあと少しの二番手まで彼女は引き上げた。
まるで雨粒が弾けるように、トラックを駆け抜け、アンカーの後輩の手へとバトンが渡った。彼女の活躍もあって、チームはこの種目で見事に優勝した。
レース後、ずっと彼女の面倒を見てきたチーフのヒライが満面の笑みで「よく頑張ったね」と今日一日を労った。彼女はそれ以上のスマイルを見せて、「ありがとうございます」と応えていた。
雨粒の遠く先に、青く澄んだ空が覗いていた。
時々、遊ばせて貰っているクライミングジム・アラジン。
自由にそれぞれのペースを、オーナーのヒロシさんは見守ってくれています。
ある課題、登っていたあと一手。
手が滑り、マットに落下。
何かが足りなかった。でも、それが楽しかった。
きっと、何事もそれでいいんだと思いました。
ずっと、思っています。
スポーツって、いや、人生って、絶対に勝ち負けじゃない。
それぞれの胸の奥の中に、その答えはあるんだと。
自由にそれぞれのペースを、オーナーのヒロシさんは見守ってくれています。
ある課題、登っていたあと一手。
手が滑り、マットに落下。
何かが足りなかった。でも、それが楽しかった。
きっと、何事もそれでいいんだと思いました。
ずっと、思っています。
スポーツって、いや、人生って、絶対に勝ち負けじゃない。
それぞれの胸の奥の中に、その答えはあるんだと。
パラメディカル・アスリートサポート
2020年1月22日 スポーツ コメント (4)チーフのヒライ君がプロジェクトチーム名を名付けました。
たった二人のサポートチーム、「パラメディカル・アスリートサポート」
ヒライ君が地道に、黙々と取り組んで来た日体大後輩たちへの地道なサポート。
昨秋から彼の誘いを受け、手伝うことになりました。
先日の日曜はヒライ君が仕事で不在のため、
ひとりで母校へと足を運びました。
陸上競技に出合い、それぞれの種目に取り組み、
僕には到底成し遂げられなかった目標に向かって、
真っ直ぐに、真面目に、真剣に取り組む選手たち。
彼らから学ぶこと、教えられることはたくさんあります。
それぞれの目標は代え難い大切なものですが、
そこに向かって、日々励む過程はもっと大切だと思います。
そして、自分自身も何ができるのか、改めて見つめ直しています。
たった二人のサポートチーム、「パラメディカル・アスリートサポート」
ヒライ君が地道に、黙々と取り組んで来た日体大後輩たちへの地道なサポート。
昨秋から彼の誘いを受け、手伝うことになりました。
先日の日曜はヒライ君が仕事で不在のため、
ひとりで母校へと足を運びました。
陸上競技に出合い、それぞれの種目に取り組み、
僕には到底成し遂げられなかった目標に向かって、
真っ直ぐに、真面目に、真剣に取り組む選手たち。
彼らから学ぶこと、教えられることはたくさんあります。
それぞれの目標は代え難い大切なものですが、
そこに向かって、日々励む過程はもっと大切だと思います。
そして、自分自身も何ができるのか、改めて見つめ直しています。
そこにある大切なもの
2019年11月19日 スポーツ コメント (4)世界パラ陸上に挑んだ後輩たち3人は、
それぞれに掴んだもの、掴み損ねたものを携え帰国しました。
目指すは東京パラリンピック、収穫と課題を胸に挑戦は続きます。
2度目のデフフットサルW杯に挑んだこれまた後輩のMさんは、
全試合に出場し、チーム史上最高の5位の成績を収めました。
大会の存在すら知らない人たちが多かったと思いますが、
Mさんは日本代表の誇りを持って、コートに立ち続けました。
そして、スカッシュの神様と言われる坂本さん。
選手権の予選1回戦では、孫のような年齢の大学生相手に奮闘。
久しぶりの全日本での1勝は来年へとお預けになりました。
マスターズは貫禄の圧勝、日本では敵なし。
再来年、日本で開催される世界マスターズに照準を合わせています。
目の前にある大切なものを掴むために、
アスリートたちは全力疾走しています。
そんな人たちに僕は何ができるのか——自問自答はまだまだ続きます。
それぞれに掴んだもの、掴み損ねたものを携え帰国しました。
目指すは東京パラリンピック、収穫と課題を胸に挑戦は続きます。
2度目のデフフットサルW杯に挑んだこれまた後輩のMさんは、
全試合に出場し、チーム史上最高の5位の成績を収めました。
大会の存在すら知らない人たちが多かったと思いますが、
Mさんは日本代表の誇りを持って、コートに立ち続けました。
そして、スカッシュの神様と言われる坂本さん。
選手権の予選1回戦では、孫のような年齢の大学生相手に奮闘。
久しぶりの全日本での1勝は来年へとお預けになりました。
マスターズは貫禄の圧勝、日本では敵なし。
再来年、日本で開催される世界マスターズに照準を合わせています。
目の前にある大切なものを掴むために、
アスリートたちは全力疾走しています。
そんな人たちに僕は何ができるのか——自問自答はまだまだ続きます。
ラグビーワールドカップの余韻——
その余韻に浸っている間もなく、次なるスポーツイベントが押し寄せています。
世界パラ陸上、デフフットサルW杯、全日本スカッシュ。
知る人ぞ、知るイベントもあるかと思いますが、
縁あって、関わった選手たちが出場するイベントです。
ドバイで開かれる世界パラ陸上では、
親友のヒライ君がサポートしてきた選手たち3人が、
東京パラの出場権を目指して挑みます。
デフフットサルW杯では、少しだけコンディショニングに関わったMさんが、
代表メンバーとして、本気で優勝を目指しています。
そして、全日本スカッシュ選手権では、
73才になったスカッシュの神様こと坂本聖二さんが、
今年もまたコートに立ちます。
メジャーであるか、マイナーであるかの視点ではなく、
自分の限界に挑む人たちを、心の刻みたいと思っています。
その余韻に浸っている間もなく、次なるスポーツイベントが押し寄せています。
世界パラ陸上、デフフットサルW杯、全日本スカッシュ。
知る人ぞ、知るイベントもあるかと思いますが、
縁あって、関わった選手たちが出場するイベントです。
ドバイで開かれる世界パラ陸上では、
親友のヒライ君がサポートしてきた選手たち3人が、
東京パラの出場権を目指して挑みます。
デフフットサルW杯では、少しだけコンディショニングに関わったMさんが、
代表メンバーとして、本気で優勝を目指しています。
そして、全日本スカッシュ選手権では、
73才になったスカッシュの神様こと坂本聖二さんが、
今年もまたコートに立ちます。
メジャーであるか、マイナーであるかの視点ではなく、
自分の限界に挑む人たちを、心の刻みたいと思っています。
母校のアスリートをサポートしているヒライ君からの依頼で、
二人の女子アスリートと関わる機会がありました。
ひとりは、11月のデフフットサルのW杯を控えたMさん。
デフフットサルとは、聴覚障害の方たちのフットサル。
Mさんは母校の1年で、その日本代表です。
恥ずかしながら、僕もデフフットサルは知識不足でしたが、
補聴器を外した音のない世界でのフットサル。
真剣に、仲間を慕い、世界を見つめるそのまなざしは、
どこまでも真っすぐでした。
そして、もうひとりは同じく母校1年のOさん。
陸上競技、昨年の400mハードルのインターハイ優勝者です。
残念ながら、先週の大きな大会は棄権してしまいました。
それでも、今の自分のコンディションを冷静に見つめ、
その先の自分をイメージして、来シーズンの更なる飛躍を目指しています。
若い後輩、二人がそれぞれの競技に真剣の取り組む姿勢から、
自分の仕事への取り組み方を、見つめ直された思いです。
自分に何ができるのか——
まだまだ、勉強です。
二人の女子アスリートと関わる機会がありました。
ひとりは、11月のデフフットサルのW杯を控えたMさん。
デフフットサルとは、聴覚障害の方たちのフットサル。
Mさんは母校の1年で、その日本代表です。
恥ずかしながら、僕もデフフットサルは知識不足でしたが、
補聴器を外した音のない世界でのフットサル。
真剣に、仲間を慕い、世界を見つめるそのまなざしは、
どこまでも真っすぐでした。
そして、もうひとりは同じく母校1年のOさん。
陸上競技、昨年の400mハードルのインターハイ優勝者です。
残念ながら、先週の大きな大会は棄権してしまいました。
それでも、今の自分のコンディションを冷静に見つめ、
その先の自分をイメージして、来シーズンの更なる飛躍を目指しています。
若い後輩、二人がそれぞれの競技に真剣の取り組む姿勢から、
自分の仕事への取り組み方を、見つめ直された思いです。
自分に何ができるのか——
まだまだ、勉強です。
アラジンで、ただ登る
2019年9月28日 スポーツ コメント (4)飲み友達でもあるヒロシさんが運営するクライミングジム・アラジン。
ここ数年、娘の影響を受けて熱中しているカミサンと一緒に、
僕も時々、登らせて貰っています。
クライミングはオリンピック種目にもなり、
ボルダリングを主に、様々な年齢層に流行っているようですが、
僕が感じているクライミングの魅力は、
楽しみの基準がそれぞれの自分自身に中にあることだと思っています。
他者と競うのではなく、自分自身と向き合うこと。
僕はそこに導かれて、ヒロシさんのいるジムへと足を運んでいます。
ヒロシさんも上級者とか初心者とか、子供とか大人に関係なく、
平等に、それでいて個人の目的をどこまでも尊重して、
アラジンをずっと運営しています。
カミサンはと言うと、登っている時はとにかく楽しそう(笑)
水を得た魚のように、壁に取り付いています。
自他ともに認めるクライミング大好き人間で、
今年は世界選手権も観戦に行ってしまいました(笑)
スポーツ界の現状を見ると、他者を蹴落としでても勝つこと、
何がなんでも金メダルを獲ること、スポーツで儲けること……
土曜の夜、誰に強制されるわけでもなく、
壁に取り付き、跳ね返され、楽しさと悔しさの汗にまみれいてると、
スポーツの本質に少しだけ触れているような気がします。
ここ数年、娘の影響を受けて熱中しているカミサンと一緒に、
僕も時々、登らせて貰っています。
クライミングはオリンピック種目にもなり、
ボルダリングを主に、様々な年齢層に流行っているようですが、
僕が感じているクライミングの魅力は、
楽しみの基準がそれぞれの自分自身に中にあることだと思っています。
他者と競うのではなく、自分自身と向き合うこと。
僕はそこに導かれて、ヒロシさんのいるジムへと足を運んでいます。
ヒロシさんも上級者とか初心者とか、子供とか大人に関係なく、
平等に、それでいて個人の目的をどこまでも尊重して、
アラジンをずっと運営しています。
カミサンはと言うと、登っている時はとにかく楽しそう(笑)
水を得た魚のように、壁に取り付いています。
自他ともに認めるクライミング大好き人間で、
今年は世界選手権も観戦に行ってしまいました(笑)
スポーツ界の現状を見ると、他者を蹴落としでても勝つこと、
何がなんでも金メダルを獲ること、スポーツで儲けること……
土曜の夜、誰に強制されるわけでもなく、
壁に取り付き、跳ね返され、楽しさと悔しさの汗にまみれいてると、
スポーツの本質に少しだけ触れているような気がします。
日曜、台風が掠めた日――
保土ヶ谷公園のサッカー場はこれでもかと言うぐらいに蒸し暑かった。
止まらない汗、すぐに乾く喉……
神奈川のクラブ選手権の決勝、
江ノ島フリッパーズは激戦を勝ち抜き、この日を迎えていた。
チームトレーナーのシュンタの誘いで、芝生のグラウンドのスタンドに来た。
サポーターたちも40名ほど集まっている。
既にチームはアップをしていて、シュンタもその輪の中にいた。
コンディショニングの勝負になるな――
ねっとりとした空気にわずかな微風。
チームのフィジカルを作ってきたシュンタの力も試されている。
フリッパーズは開始早々から飛ばした。
梅雨明け寸前の陽射しの中、ギアを止めることなく走り続けた。
後半になっても、誰もが集中力を切らさずにいる。
終わってみれば、8対1の快勝。
クラブ選手権優勝、9月に埼玉で開催される関東大会へと向かう。
サポーターへの挨拶の時、シュンタと目が合った。
選手より、ちょっと控えめな笑顔でいる。
試合後、ツイッターでシュンタはこんな風に呟いていた。
「嬉しさよりホッとした気持ち」
チームを支える意味を、シュンタが教えてくれた。
保土ヶ谷公園のサッカー場はこれでもかと言うぐらいに蒸し暑かった。
止まらない汗、すぐに乾く喉……
神奈川のクラブ選手権の決勝、
江ノ島フリッパーズは激戦を勝ち抜き、この日を迎えていた。
チームトレーナーのシュンタの誘いで、芝生のグラウンドのスタンドに来た。
サポーターたちも40名ほど集まっている。
既にチームはアップをしていて、シュンタもその輪の中にいた。
コンディショニングの勝負になるな――
ねっとりとした空気にわずかな微風。
チームのフィジカルを作ってきたシュンタの力も試されている。
フリッパーズは開始早々から飛ばした。
梅雨明け寸前の陽射しの中、ギアを止めることなく走り続けた。
後半になっても、誰もが集中力を切らさずにいる。
終わってみれば、8対1の快勝。
クラブ選手権優勝、9月に埼玉で開催される関東大会へと向かう。
サポーターへの挨拶の時、シュンタと目が合った。
選手より、ちょっと控えめな笑顔でいる。
試合後、ツイッターでシュンタはこんな風に呟いていた。
「嬉しさよりホッとした気持ち」
チームを支える意味を、シュンタが教えてくれた。
衰えぬ向上心・スカッシュの神様、坂本聖二
2018年12月1日 スポーツ コメント (4)
「諦めずもっと先に、上に進みたい本能が止まらないだけなんだ」と語るのは、スカッシュの神様と言われる坂本聖二さん。今年で72歳の初代全日本チャンピオンは、全日本9連覇、国内大会9年間無敗の149連勝の記録を持つレジェンドだ。全盛期の坂本さんは自動車の営業マンをしながら、日本のスカッシュ界の先駆者として、その普及に尽力し、海外でも活躍、当時の世界のトッププレーヤーたちからも実力を認められ、慕われていた「SEIJI SAKAMOTO」だった。そして、今も尚、現役選手としてコートに立ち続けている。
11月22日からの4日間、横浜で第47回全日本スカッシュ選手権が開催される。四方を壁に囲まれたコートで打ち合うスカッシュは、ボールが独特の軌道を描くラケットスポーツだが、トップ選手の試合は卓越したテクニックはもとより、体力、知力、精神力を駆使した激しい戦いとなる。坂本さんも歴代優勝者の参加資格で2年ぶりの全日本に挑むことになった。
昨年6月、坂本さんは左膝の人工関節置換手術を受けた。酷使し続けた左膝は、右膝と共に歩くのもままならない状態。それでも「痛みはステップアップするために必ず越えなければならない壁」とリハビリと練習に励み、見事に復活し、周囲を大いに驚かせた。
「ただ出るだけでは駄目だ」と全日本での勝利を目指す坂本さん。極めても尚、衰えぬ向上心に敬意を表したい。
※上記は、あるメディアに応募した投稿文です。残念ながら掲載は叶いませんでしたが、規定で許されていることもあり、改題、加筆修正してブログに掲載することにしました。
坂本聖二さんは今回の全日本前、頚部と利き腕の左肩を痛め、大会参加を諦めかけました。それでも、自分が出場することで、若い選手たちに自分が持っているものを伝えられればと出場を決断、満身創痍の中、類まれなき精神力で闘い続けました。
結果、チャンピオンシップは残念ながら予選1回戦負けでしたが、できる限りのプレーで観客を沸かせました。そして、マスターズ60歳以上の部では72歳と出場選手中、最高齢の中、60代の選手たちを次々に破り、見事に優勝を果たしました。決勝ではファイナルゲーム、相手選手にマッチボールを握られる中から勝利を掴み、他の誰でもないオンリーワンのスカッシュチャンピオンであることをコートで証明してくれました。
11月22日からの4日間、横浜で第47回全日本スカッシュ選手権が開催される。四方を壁に囲まれたコートで打ち合うスカッシュは、ボールが独特の軌道を描くラケットスポーツだが、トップ選手の試合は卓越したテクニックはもとより、体力、知力、精神力を駆使した激しい戦いとなる。坂本さんも歴代優勝者の参加資格で2年ぶりの全日本に挑むことになった。
昨年6月、坂本さんは左膝の人工関節置換手術を受けた。酷使し続けた左膝は、右膝と共に歩くのもままならない状態。それでも「痛みはステップアップするために必ず越えなければならない壁」とリハビリと練習に励み、見事に復活し、周囲を大いに驚かせた。
「ただ出るだけでは駄目だ」と全日本での勝利を目指す坂本さん。極めても尚、衰えぬ向上心に敬意を表したい。
※上記は、あるメディアに応募した投稿文です。残念ながら掲載は叶いませんでしたが、規定で許されていることもあり、改題、加筆修正してブログに掲載することにしました。
坂本聖二さんは今回の全日本前、頚部と利き腕の左肩を痛め、大会参加を諦めかけました。それでも、自分が出場することで、若い選手たちに自分が持っているものを伝えられればと出場を決断、満身創痍の中、類まれなき精神力で闘い続けました。
結果、チャンピオンシップは残念ながら予選1回戦負けでしたが、できる限りのプレーで観客を沸かせました。そして、マスターズ60歳以上の部では72歳と出場選手中、最高齢の中、60代の選手たちを次々に破り、見事に優勝を果たしました。決勝ではファイナルゲーム、相手選手にマッチボールを握られる中から勝利を掴み、他の誰でもないオンリーワンのスカッシュチャンピオンであることをコートで証明してくれました。
メッシでもなく、ロナウドでもなく
2018年7月4日 スポーツ コメント (2)炎天下の日曜――
神奈川県の社会人フットサル3部リーグの試合を見に行きました。
応援しているチームも、相手のチームも、
皆、仕事や学業の傍ら、楽しみながらも、
フットサルに真剣に取り組んでいます。
練習も十分にできない環境の中、
汗をかき、思い切り走り、ゴールを目指していました。
当たり前ですが、W杯のような誰もが注目するステージはありません。
でも、多くの人たちからは注目もされずに、
たったひとつのボールを追いかけているフットボーラーたちがいることも、
心の片隅に刻んでおきたいと思うのです。
神奈川県の社会人フットサル3部リーグの試合を見に行きました。
応援しているチームも、相手のチームも、
皆、仕事や学業の傍ら、楽しみながらも、
フットサルに真剣に取り組んでいます。
練習も十分にできない環境の中、
汗をかき、思い切り走り、ゴールを目指していました。
当たり前ですが、W杯のような誰もが注目するステージはありません。
でも、多くの人たちからは注目もされずに、
たったひとつのボールを追いかけているフットボーラーたちがいることも、
心の片隅に刻んでおきたいと思うのです。
誰のための「羽」なのか
2016年4月26日 スポーツ コメント (2)バドミントンのトップ選手たちが過ちを犯してしまった。様々な日本のメディアが彼らを叩き、所属する協会や企業は厳しい処分を課した。
何か粛然としないまま、僕はこのニュースに悶々とする日々を送っていた。
なぜ、人はそこまで人を叩くことができるのか――
なぜ、協会や企業は彼らに希望の道を残してあげることができないのか――
人は法の許す限り、何をやろうと自由だ。また、法を犯してしまった場合、償える罪ならば、再び自分の思いを遂げることも補償されていていいはずだ。それなのに、日本のバドミントン界の宝とも言える彼らは、その道を絶たれてしまうかもしれない。
己がそれぞれのやり方で究めようとする道は、誰のためでもない、本来自分のためにやっているはずだ。それなら、この2人がそれぞれのやり方で罪を償い、再び「羽」を追いかけようとしたならば、誰も止める権利はないと思う。
僕はそんな思いを、遠くオーストリアの地でプロのバドミントン選手として、活躍する高校の後輩、田中雅彦にぶつけた。彼らに面識があり、日本のバドミントン界を陰で支えてきた彼なりの答えが聞きたかった。その回答は明快なものだった。
「私は日本という小さな世界で物事を考えるのが好きでありません。桃田君も田児君も世界のバドミントン界にとって宝です。彼らをこういう形で潰していいのかと言うことです。彼らが例えばスイスのリーグでプレーして、スイス代表で国際大会に出場したいならば、私は喜んで手を差し伸べると思います。これによって世界の宝が救われるからです」
田中は活躍してきた舞台がヨーロッパであるために、今回の件で、日本の報道のような一元的な考え方は全く抱いていない。仮にヨーロッパで同様な不祥事が起こり、最も重い処分を受けたとしても、代表チームを外される程度だという。
また、ヨーロッパでは代表チームから外されたとしても、国際大会に出られないわけでもない。もちろん、遠征費は自分持ちだが、バドミントン選手としてコートに立つ権利、つまり、バドミントン選手としての基本的人権が損なわれることはない。実際、デンマークの選手で、協会の処分を受けながらも、自費でオリンピック出場を目指している選手たちがいると言う。
果たして田児、桃田両選手には、再びラケットを握る機会が訪れるのだろうか。その処分を見ると、田児選手は非常に厳しく、日本バドミントン界での復帰のハードルは果てしなく高い。また、桃田選手にしても猶予は与えられてはいるが、現在、心身の面でパフォーマンスを維持できる環境にはいないだろう。
彼らは近年の日本バドミントン界を間違いなく牽引してきた。田児選手は全日本で6連覇を果たし、歴史ある全英オープンで準優勝するほどの実力者である。桃田選手は世界ランキングでも常に上位で、昨年のスーパーシリーズでも見事に優勝、世界のナンバーワンとなり、リオデジャネイロオリンピックでも金メダルの有力候補として期待されていた。
それに加えて、2人とも世界の強豪国が競う団体戦のトマス杯で、日本が初優勝を遂げたレギュラーメンバーでもある。例えるなら、日本のサッカー代表がワールドカップで優勝するに等しい快挙を成し遂げたと言える。彼らの存在は日本のバドミントン界のレベルアップ、普及に大きく貢献した。
ギャンブルをすることの是非はともかく、彼らの性格に関して僕は何も知らない。ただ、バドミントンというスポーツで、世界のトップに登り詰めることの険しさは少しだがわかる。打っても、打っても返ってくるシャトル、時速300㎞といわれるスマッシュへの対応、パンパンに張り詰める下半身、肩、肘、手首の故障……様々な壁と闘い、困難に向き合い、人並みの楽しみも我慢し、バドミントンに打ち込んだ末の栄冠。もちろん、だからと言って違法な賭博をして良いとは言えない。ただ、彼らが再びコートに向かう環境を作って欲しいと思うだけだ。
田中は少々厳しくこんなことも言っている。
「私には今回の処分が妥当かどうか判断することはできません。それは日本におけるバドミントン組織が特異であるためです。賞金を貰えるにもかかわらず、アマチュアと言い張る日本協会。日本協会と企業が完全に管理する管理バドミントン。こんな国は世界でも稀です。この特異な組織にあっては処分は妥当なのかもしれません。協会と企業が常に自分たちを守ろうとするからです。邪魔なものは常に切り捨てられます。世界のトッププレーヤーであってもです」
彼らは警察に立件されたわけではない。また、プロ野球の一部選手のように賭博の対象に、自分自身の競技を利用していたわけでもない。繰り返し言うが、反社会勢力が関わった賭博に手を染めてしまった以上、罪を償う必要はもちろんあるし、非を認め、心からの謝罪の気持ちを持たなければいけない。だからと言って、彼らからバドミントンを取り上げてしまうことは全く別問題であると思うのだ。
はっきり言おう。バドミントン界の至宝とも言える彼らの世界最高レベルのプレーを、僕はまた見たいだけだ。更に付け加えると、その舞台は日本でなくてもいい。小さな街の小さな体育館でも全然構わない。自らの努力で研ぎ澄ました天賦の才能を、思う存分、発揮し続けて欲しいだけなのだ。
何か粛然としないまま、僕はこのニュースに悶々とする日々を送っていた。
なぜ、人はそこまで人を叩くことができるのか――
なぜ、協会や企業は彼らに希望の道を残してあげることができないのか――
人は法の許す限り、何をやろうと自由だ。また、法を犯してしまった場合、償える罪ならば、再び自分の思いを遂げることも補償されていていいはずだ。それなのに、日本のバドミントン界の宝とも言える彼らは、その道を絶たれてしまうかもしれない。
己がそれぞれのやり方で究めようとする道は、誰のためでもない、本来自分のためにやっているはずだ。それなら、この2人がそれぞれのやり方で罪を償い、再び「羽」を追いかけようとしたならば、誰も止める権利はないと思う。
僕はそんな思いを、遠くオーストリアの地でプロのバドミントン選手として、活躍する高校の後輩、田中雅彦にぶつけた。彼らに面識があり、日本のバドミントン界を陰で支えてきた彼なりの答えが聞きたかった。その回答は明快なものだった。
「私は日本という小さな世界で物事を考えるのが好きでありません。桃田君も田児君も世界のバドミントン界にとって宝です。彼らをこういう形で潰していいのかと言うことです。彼らが例えばスイスのリーグでプレーして、スイス代表で国際大会に出場したいならば、私は喜んで手を差し伸べると思います。これによって世界の宝が救われるからです」
田中は活躍してきた舞台がヨーロッパであるために、今回の件で、日本の報道のような一元的な考え方は全く抱いていない。仮にヨーロッパで同様な不祥事が起こり、最も重い処分を受けたとしても、代表チームを外される程度だという。
また、ヨーロッパでは代表チームから外されたとしても、国際大会に出られないわけでもない。もちろん、遠征費は自分持ちだが、バドミントン選手としてコートに立つ権利、つまり、バドミントン選手としての基本的人権が損なわれることはない。実際、デンマークの選手で、協会の処分を受けながらも、自費でオリンピック出場を目指している選手たちがいると言う。
果たして田児、桃田両選手には、再びラケットを握る機会が訪れるのだろうか。その処分を見ると、田児選手は非常に厳しく、日本バドミントン界での復帰のハードルは果てしなく高い。また、桃田選手にしても猶予は与えられてはいるが、現在、心身の面でパフォーマンスを維持できる環境にはいないだろう。
彼らは近年の日本バドミントン界を間違いなく牽引してきた。田児選手は全日本で6連覇を果たし、歴史ある全英オープンで準優勝するほどの実力者である。桃田選手は世界ランキングでも常に上位で、昨年のスーパーシリーズでも見事に優勝、世界のナンバーワンとなり、リオデジャネイロオリンピックでも金メダルの有力候補として期待されていた。
それに加えて、2人とも世界の強豪国が競う団体戦のトマス杯で、日本が初優勝を遂げたレギュラーメンバーでもある。例えるなら、日本のサッカー代表がワールドカップで優勝するに等しい快挙を成し遂げたと言える。彼らの存在は日本のバドミントン界のレベルアップ、普及に大きく貢献した。
ギャンブルをすることの是非はともかく、彼らの性格に関して僕は何も知らない。ただ、バドミントンというスポーツで、世界のトップに登り詰めることの険しさは少しだがわかる。打っても、打っても返ってくるシャトル、時速300㎞といわれるスマッシュへの対応、パンパンに張り詰める下半身、肩、肘、手首の故障……様々な壁と闘い、困難に向き合い、人並みの楽しみも我慢し、バドミントンに打ち込んだ末の栄冠。もちろん、だからと言って違法な賭博をして良いとは言えない。ただ、彼らが再びコートに向かう環境を作って欲しいと思うだけだ。
田中は少々厳しくこんなことも言っている。
「私には今回の処分が妥当かどうか判断することはできません。それは日本におけるバドミントン組織が特異であるためです。賞金を貰えるにもかかわらず、アマチュアと言い張る日本協会。日本協会と企業が完全に管理する管理バドミントン。こんな国は世界でも稀です。この特異な組織にあっては処分は妥当なのかもしれません。協会と企業が常に自分たちを守ろうとするからです。邪魔なものは常に切り捨てられます。世界のトッププレーヤーであってもです」
彼らは警察に立件されたわけではない。また、プロ野球の一部選手のように賭博の対象に、自分自身の競技を利用していたわけでもない。繰り返し言うが、反社会勢力が関わった賭博に手を染めてしまった以上、罪を償う必要はもちろんあるし、非を認め、心からの謝罪の気持ちを持たなければいけない。だからと言って、彼らからバドミントンを取り上げてしまうことは全く別問題であると思うのだ。
はっきり言おう。バドミントン界の至宝とも言える彼らの世界最高レベルのプレーを、僕はまた見たいだけだ。更に付け加えると、その舞台は日本でなくてもいい。小さな街の小さな体育館でも全然構わない。自らの努力で研ぎ澄ました天賦の才能を、思う存分、発揮し続けて欲しいだけなのだ。
金メダルよりも大切なもの
2016年4月10日 スポーツ コメント (2)残念なニュースだった。
違法賭博に手を染めてしまった男子バドミントン選手たちのこと。
その中には新旧のエースがいて、
それぞれに日本のバドミントン界が誇る戦績を収めていた。
すでに処分も決定し、彼らはここから更生の道を歩むことなる。
僕もバドミントン一筋で熱中していた時期があった。
日本を背負って戦ってきた彼らに比べるのもおこがましいが、
バドミントンが自分のすべてだと思っていた青春の頃もあった。
自分にとっては遠い目標に向かって、
ただただ、コートでシャトルを追いかけていた。
競技者としては楽しかったことよりも、
悔しかったことの方がずっと多かったと思う。
学生の頃は未熟ながら高校生たちの指導にも関わり、
結果よりも過程が大事だと言い続けて来た。
勝ち負けよりも、大切なものは絶対にあると心から思っていた。
僕の言葉は彼らには届くことはないだろうが、
もし、バドミントンが心底好きならば、
再びコートに立つことを絶対に諦めないで欲しい。
世界の舞台でなくてもいい、
小さな街の小さなコートの片隅でもいい。
再び思い切りシャトルを打ち込んで欲しい。
金メダルを獲ることよりも、
大切なことはたくさんあるのだから。
違法賭博に手を染めてしまった男子バドミントン選手たちのこと。
その中には新旧のエースがいて、
それぞれに日本のバドミントン界が誇る戦績を収めていた。
すでに処分も決定し、彼らはここから更生の道を歩むことなる。
僕もバドミントン一筋で熱中していた時期があった。
日本を背負って戦ってきた彼らに比べるのもおこがましいが、
バドミントンが自分のすべてだと思っていた青春の頃もあった。
自分にとっては遠い目標に向かって、
ただただ、コートでシャトルを追いかけていた。
競技者としては楽しかったことよりも、
悔しかったことの方がずっと多かったと思う。
学生の頃は未熟ながら高校生たちの指導にも関わり、
結果よりも過程が大事だと言い続けて来た。
勝ち負けよりも、大切なものは絶対にあると心から思っていた。
僕の言葉は彼らには届くことはないだろうが、
もし、バドミントンが心底好きならば、
再びコートに立つことを絶対に諦めないで欲しい。
世界の舞台でなくてもいい、
小さな街の小さなコートの片隅でもいい。
再び思い切りシャトルを打ち込んで欲しい。
金メダルを獲ることよりも、
大切なことはたくさんあるのだから。
クライミングジム・アラジンにて
2015年11月3日 スポーツ130°の人工の壁。
僕のような初心者が挑める難易度の低い課題でも、
見上げると屋根のように覆いかぶさってくるようです。
クライミングジム・アラジンは友人のヒロシさんがオーナーの、
アットホームなクライミングジム。
僕もたまにですが、刺激と楽しみを貰いに行っています。
僕のようにレベルが低い人から上級者まで、
それぞれの課題に向き合い、体と頭を使い、壁に挑みます。
どう攻略するか、なぜ落ちてしまったのかと、
自問自答し、最後のホールドを掴んだ瞬間は、
なんとも言えない、達成感が味わえます。
アラジンではヒロシさんを中心にいつも笑顔と活気に溢れ、
誰もが気軽に楽しめる雰囲気に包まれています。
昨晩は休み休み1時間やっただけですが、
体はかっと熱くなり、ちょっとしたストレスもすっと抜けました。
もちろん、帰ってから飲むビールも一味違います。
休み前の楽しい夜のひと時でした。
僕のような初心者が挑める難易度の低い課題でも、
見上げると屋根のように覆いかぶさってくるようです。
クライミングジム・アラジンは友人のヒロシさんがオーナーの、
アットホームなクライミングジム。
僕もたまにですが、刺激と楽しみを貰いに行っています。
僕のようにレベルが低い人から上級者まで、
それぞれの課題に向き合い、体と頭を使い、壁に挑みます。
どう攻略するか、なぜ落ちてしまったのかと、
自問自答し、最後のホールドを掴んだ瞬間は、
なんとも言えない、達成感が味わえます。
アラジンではヒロシさんを中心にいつも笑顔と活気に溢れ、
誰もが気軽に楽しめる雰囲気に包まれています。
昨晩は休み休み1時間やっただけですが、
体はかっと熱くなり、ちょっとしたストレスもすっと抜けました。
もちろん、帰ってから飲むビールも一味違います。
休み前の楽しい夜のひと時でした。
The North Face Cup 2015にて
2015年3月19日 スポーツ コメント (4)「どんなモチベーションでやればいいのかな?」
クライミングの大会当日。西武池袋線、武蔵藤沢の駅から会場に向かって娘のユイと一緒に歩いている時だった。
「エンジョイ&チャレンジだろ」
ユイにとっては今までに経験したことのないカテゴリーでの大会だった。「The North Face Cup 2015」は、全国10地域での予選を勝ち抜いた選手が集まるボルダリングのコンペで、下は8歳以下のU-8から上はトップクライマーが集うディビジョン1まで11のカテゴリーに分かれてのビッグコンペだった。
女子のディビジョン1にはクライミングファンなら誰もが知っているボルダリンクの世界ランキング1位の野口啓代さん、日本代表の野中生萌さんなどトップ選手たちに加えアメリカを代表するクライマーの1人、アレックス・ジョンソンさんも出場する。
そんなとんでもないビッグコンペの同じカテゴリーに、予選での超ラッキーに恵まれて娘のユイは参加することになってしまったのだ。
クライミングの種目としてボルダリングは、ロープを使わずに身ひとつで2~3m程度の人工壁にセットされた様々な課題に挑む競技である。ロープを使わない手軽さから今ではジムの数も増え、愛好者も増えている。
僕は10年前、あるクライマーと出会い、そのことがきっかけで娘にクライミングを体験させた。当時小学校2年生だったユイはそのシンプルで達成感のあるクライミングに嵌ってしまい、18歳になった今も泣いたり、笑ったりしながら続けている。ワールドカップで入賞するほどに成長した同年代の野中生萌さんとは幼い頃、一緒に登ったこともある。先を行くトップクライマーの背中を眺めながらユイもずっと壁に向かっていた。
会場は埼玉の入間市にある日本を代表するクライマー平山ユージさんプロデュースの「クライミングジム・ベースキャンプ」。国内でも最大規模のクライミングジムで開催されるボルダリングの大会は選手や応援する者たちの活気に溢れ、まるで祭りのように賑わっていた。
まずはウォーミングアップ、そのエリアでは男女のディビジョン1のカテゴリーに出場する選手たちが黙々と体を温めていた。軽く体を動かす者、ストレッチをする者、壁を登っている者、下のカテゴリーが競技をしている傍ら、その空間には凛と張り詰めた空気が漂っていた。そんな雰囲気に気圧されながらもウォーミングアップのエリアに入っていくユイ。小柄なユイがますます小さく見えて微笑ましい。折角のビッグコンペ、何から何まで貴重な経験になるはずだ。やるだけやればいいと、心の中で背中を押した。
女子のディビジョン1の選手は海外招待選手を含めて19名。準決勝で8つの課題に挑み、その完登数と途中にあるボーナスポイント(課題を完登できなかった場合)をいくつ掴んだかで競い合うことになる。決勝進出者は6名、ワールドクラスの選りすぐり課題を数多く制覇した者だけが決勝進出の高いハードルを乗り越えられる。
結果から言うと、8課題を全て登った選手は野口さん、野中さんの2人だけ。決勝進出者は最低でも4つの課題を登っている。準決勝敗退の残りの13名は3つ以下の完登で、ユイは1完登3ボーナスポイントの17位タイ。ブービー賞という結果だった。
全く歯が立たなかった課題もある。もう少しという課題もあった。ユイは小さい体を精一杯使って、未知のコンペに立ち向かい、それでも痺れるような緊張感を楽しんでいるようだった。ユイの唯一の完登は制限時間が過ぎてのラストトライ、落ちれば完登なしという結果で終わるところ。体を伸ばし、最善の手の位置を何度も確認し、片方の足でバランスを取りながら、手の先ぎりぎりでゴールのホールドを掴みとったものだった。友人のクライマーの応援や、観客たちの声援も力になったはずだ。親馬鹿だが、全てをやり終えて、ささやかに微笑んだユイは小さいながらも輝いていた。
「アレックスさんに一緒に写真を撮って貰おうかな」
「自分で頼んでみろよ」
会場の隅で長身のアレックス・ジョンソンさんが寛いでいた。身振り手振りと拙い英語でツーショットを頼むと快く笑顔で応じてくれた。長身のアレックスさんが屈みこむようにユイの肩を回してくれた。大人と子供のようなツーショット。記念の一枚は忘れられない大切な一枚になったと思う。
帰り、ユイと一緒に来た道を駅へとゆっくり歩く。
「出て、良かったよ」
ユイがぽつりと話した言葉が曇り空を舞った。
クライミングの大会当日。西武池袋線、武蔵藤沢の駅から会場に向かって娘のユイと一緒に歩いている時だった。
「エンジョイ&チャレンジだろ」
ユイにとっては今までに経験したことのないカテゴリーでの大会だった。「The North Face Cup 2015」は、全国10地域での予選を勝ち抜いた選手が集まるボルダリングのコンペで、下は8歳以下のU-8から上はトップクライマーが集うディビジョン1まで11のカテゴリーに分かれてのビッグコンペだった。
女子のディビジョン1にはクライミングファンなら誰もが知っているボルダリンクの世界ランキング1位の野口啓代さん、日本代表の野中生萌さんなどトップ選手たちに加えアメリカを代表するクライマーの1人、アレックス・ジョンソンさんも出場する。
そんなとんでもないビッグコンペの同じカテゴリーに、予選での超ラッキーに恵まれて娘のユイは参加することになってしまったのだ。
クライミングの種目としてボルダリングは、ロープを使わずに身ひとつで2~3m程度の人工壁にセットされた様々な課題に挑む競技である。ロープを使わない手軽さから今ではジムの数も増え、愛好者も増えている。
僕は10年前、あるクライマーと出会い、そのことがきっかけで娘にクライミングを体験させた。当時小学校2年生だったユイはそのシンプルで達成感のあるクライミングに嵌ってしまい、18歳になった今も泣いたり、笑ったりしながら続けている。ワールドカップで入賞するほどに成長した同年代の野中生萌さんとは幼い頃、一緒に登ったこともある。先を行くトップクライマーの背中を眺めながらユイもずっと壁に向かっていた。
会場は埼玉の入間市にある日本を代表するクライマー平山ユージさんプロデュースの「クライミングジム・ベースキャンプ」。国内でも最大規模のクライミングジムで開催されるボルダリングの大会は選手や応援する者たちの活気に溢れ、まるで祭りのように賑わっていた。
まずはウォーミングアップ、そのエリアでは男女のディビジョン1のカテゴリーに出場する選手たちが黙々と体を温めていた。軽く体を動かす者、ストレッチをする者、壁を登っている者、下のカテゴリーが競技をしている傍ら、その空間には凛と張り詰めた空気が漂っていた。そんな雰囲気に気圧されながらもウォーミングアップのエリアに入っていくユイ。小柄なユイがますます小さく見えて微笑ましい。折角のビッグコンペ、何から何まで貴重な経験になるはずだ。やるだけやればいいと、心の中で背中を押した。
女子のディビジョン1の選手は海外招待選手を含めて19名。準決勝で8つの課題に挑み、その完登数と途中にあるボーナスポイント(課題を完登できなかった場合)をいくつ掴んだかで競い合うことになる。決勝進出者は6名、ワールドクラスの選りすぐり課題を数多く制覇した者だけが決勝進出の高いハードルを乗り越えられる。
結果から言うと、8課題を全て登った選手は野口さん、野中さんの2人だけ。決勝進出者は最低でも4つの課題を登っている。準決勝敗退の残りの13名は3つ以下の完登で、ユイは1完登3ボーナスポイントの17位タイ。ブービー賞という結果だった。
全く歯が立たなかった課題もある。もう少しという課題もあった。ユイは小さい体を精一杯使って、未知のコンペに立ち向かい、それでも痺れるような緊張感を楽しんでいるようだった。ユイの唯一の完登は制限時間が過ぎてのラストトライ、落ちれば完登なしという結果で終わるところ。体を伸ばし、最善の手の位置を何度も確認し、片方の足でバランスを取りながら、手の先ぎりぎりでゴールのホールドを掴みとったものだった。友人のクライマーの応援や、観客たちの声援も力になったはずだ。親馬鹿だが、全てをやり終えて、ささやかに微笑んだユイは小さいながらも輝いていた。
「アレックスさんに一緒に写真を撮って貰おうかな」
「自分で頼んでみろよ」
会場の隅で長身のアレックス・ジョンソンさんが寛いでいた。身振り手振りと拙い英語でツーショットを頼むと快く笑顔で応じてくれた。長身のアレックスさんが屈みこむようにユイの肩を回してくれた。大人と子供のようなツーショット。記念の一枚は忘れられない大切な一枚になったと思う。
帰り、ユイと一緒に来た道を駅へとゆっくり歩く。
「出て、良かったよ」
ユイがぽつりと話した言葉が曇り空を舞った。
日本代表……ワールドカップ……
世間の期待に応えられずに敗れ去った。
でも、本当にそうなのだろうか。
過剰な報道、過剰な評価、そこに踊らされた自分たち。
少し前にバドミントンの男子日本代表は初めて世界一になった。
クライミングの日本代表も世界を舞台に上位に進出している。
もちろん、サッカーの日本代表も頑張ったが——
メディアに翻弄されることなく、真実を見る目を磨き、
心から応援する気持ちを大切にしたいと思う。
世間の期待に応えられずに敗れ去った。
でも、本当にそうなのだろうか。
過剰な報道、過剰な評価、そこに踊らされた自分たち。
少し前にバドミントンの男子日本代表は初めて世界一になった。
クライミングの日本代表も世界を舞台に上位に進出している。
もちろん、サッカーの日本代表も頑張ったが——
メディアに翻弄されることなく、真実を見る目を磨き、
心から応援する気持ちを大切にしたいと思う。
100分の1を求めて
2014年6月17日 スポーツ夏の校友会でのイベントに絡んでの取材に行った。
フィギュアスケートのブレードシャープニング(研磨)の職人であり、
フィギャアスケートのベテランコーチのSさん。
仕事を通じて知り合い、無理なお願いを快く引き受けてくれた。
手掛けた選手の名前を挙げれば、知らない人はまずいないトップスケーターばかり。
メダリストたちもたくさんいる。
選手の高度な演技は100分の1の精度に拘るSさんのブレード(刃)の研磨が支えている。
「120%の仕事ができなければだめなんです」
外から見れば文句のつけようのない仕上がりも、
Sさん自身が納得するまで拘り続ける。
「あの靴を持ってポートレートを撮りましょうよ」
ある選手がオリンピックで実際に滑ったスケート靴が飾られていた。
それはその選手がSさんの為にプレゼントしたもの。
同行のカメラマン、ノジョー君の提案でそのスケート靴を持って、
Sさんのポートレートの撮影をした。
そこには大切そうに、まるで娘を抱きかかえるように、
慈愛に満ちた笑顔があった。
フィギュアスケートのブレードシャープニング(研磨)の職人であり、
フィギャアスケートのベテランコーチのSさん。
仕事を通じて知り合い、無理なお願いを快く引き受けてくれた。
手掛けた選手の名前を挙げれば、知らない人はまずいないトップスケーターばかり。
メダリストたちもたくさんいる。
選手の高度な演技は100分の1の精度に拘るSさんのブレード(刃)の研磨が支えている。
「120%の仕事ができなければだめなんです」
外から見れば文句のつけようのない仕上がりも、
Sさん自身が納得するまで拘り続ける。
「あの靴を持ってポートレートを撮りましょうよ」
ある選手がオリンピックで実際に滑ったスケート靴が飾られていた。
それはその選手がSさんの為にプレゼントしたもの。
同行のカメラマン、ノジョー君の提案でそのスケート靴を持って、
Sさんのポートレートの撮影をした。
そこには大切そうに、まるで娘を抱きかかえるように、
慈愛に満ちた笑顔があった。
久し振りにテレビの前に家族が揃った。
ベイスターズ対ジャイアンツ――
うちは一応家族揃ってベイスターズファン。
「あっ!」「うっ」「あぁ~」
訳の分からない言葉が飛び交い、
特に次男と娘がうるさい、うるさい(笑)
結果は惜しくも敗戦、
その瞬間、次男と娘はがっくりと肩を落とす。
テレビの前で一喜一憂しながら、
ちょっと懐かしいような気持ちになっていた。
ベイスターズ対ジャイアンツ――
うちは一応家族揃ってベイスターズファン。
「あっ!」「うっ」「あぁ~」
訳の分からない言葉が飛び交い、
特に次男と娘がうるさい、うるさい(笑)
結果は惜しくも敗戦、
その瞬間、次男と娘はがっくりと肩を落とす。
テレビの前で一喜一憂しながら、
ちょっと懐かしいような気持ちになっていた。
妻と僕と気の合った仲間2人。
初心者同然の僕たちでも、
いつも温かく迎えてくれる「クライミングジム・アラジン」にお邪魔した。
元プロボクサーのOさん、スポーツインストラクターSさん、
みんなスポーツ好きの面々で、チャレンジ精神も旺盛だ。
いつも爽やかなオーナーの小川さんが
レベルにあったアドバイスをしてくれて、
みんなのモチベーションは上がりまくりだった。
僕らが楽しんだのはロープを使わず、
難易度が様々の低い壁に挑むボルダリング。
僕らは当然、初心者向きの課題を
ああだ、こうだ、言い合いながらのセッションだ。
ゆるく楽しく、時に気合いをいれながら、
それぞれがそれぞれのペースで壁に取り付いていた。
外は夏の日。
ジムの中は穏やかな風。
程よく汗をかきながらのクライミング日和を満喫した。
初心者同然の僕たちでも、
いつも温かく迎えてくれる「クライミングジム・アラジン」にお邪魔した。
元プロボクサーのOさん、スポーツインストラクターSさん、
みんなスポーツ好きの面々で、チャレンジ精神も旺盛だ。
いつも爽やかなオーナーの小川さんが
レベルにあったアドバイスをしてくれて、
みんなのモチベーションは上がりまくりだった。
僕らが楽しんだのはロープを使わず、
難易度が様々の低い壁に挑むボルダリング。
僕らは当然、初心者向きの課題を
ああだ、こうだ、言い合いながらのセッションだ。
ゆるく楽しく、時に気合いをいれながら、
それぞれがそれぞれのペースで壁に取り付いていた。
外は夏の日。
ジムの中は穏やかな風。
程よく汗をかきながらのクライミング日和を満喫した。
ウォーミングアップでキャッチボールをしていると、
ポツポツと雨粒が頬に当たったきた。
土曜、草野球のナイター。
仕事で遅れてスタメンから当然外れ、
終盤で50歳の豪腕を披露しようと(笑)、
肩慣らしをしていた。
風が強まり、雨はあっという間に土砂降りになった。
遠くには音のない稲光が見える。
みんな急いでベンチに退く。
「こんなのチームを作って初めてだな」
監督が呟いた。
雨は弱まるどころか、どんどん激しくなる。
グラウンドは水浸し、再開の見通しはなくなった。
照明灯のカクテル光線に大きな雨粒が光っていた。
ポツポツと雨粒が頬に当たったきた。
土曜、草野球のナイター。
仕事で遅れてスタメンから当然外れ、
終盤で50歳の豪腕を披露しようと(笑)、
肩慣らしをしていた。
風が強まり、雨はあっという間に土砂降りになった。
遠くには音のない稲光が見える。
みんな急いでベンチに退く。
「こんなのチームを作って初めてだな」
監督が呟いた。
雨は弱まるどころか、どんどん激しくなる。
グラウンドは水浸し、再開の見通しはなくなった。
照明灯のカクテル光線に大きな雨粒が光っていた。
木曜日の夜、娘のユイと一緒に、
久しぶりにクライミングジムに行った。
家族でお世話になっている小川さんのジム。
僕のような初心者でも、
温かく迎え入れてくれるのでありがたい。
ユイは小川さんとジムに来ていたメンバーとの熱いセッション。
僕はというと、初心者向きの課題に向き合った。
クライミングの面白さは、シンプルに壁を登ることと、
頭と体を駆使しして、それぞれなりの課題を克服すること。
「プラスイメージで登りましょう!」
小川さんの元気な声が夜のジムに響く。
刺激の入った心と体、
明日のことはしばし忘れることにした。
※クライミングジム「アラジン」
http://www7a.biglobe.ne.jp/~aladdinclimbing/climbinggym.html
久しぶりにクライミングジムに行った。
家族でお世話になっている小川さんのジム。
僕のような初心者でも、
温かく迎え入れてくれるのでありがたい。
ユイは小川さんとジムに来ていたメンバーとの熱いセッション。
僕はというと、初心者向きの課題に向き合った。
クライミングの面白さは、シンプルに壁を登ることと、
頭と体を駆使しして、それぞれなりの課題を克服すること。
「プラスイメージで登りましょう!」
小川さんの元気な声が夜のジムに響く。
刺激の入った心と体、
明日のことはしばし忘れることにした。
※クライミングジム「アラジン」
http://www7a.biglobe.ne.jp/~aladdinclimbing/climbinggym.html