始まりの夜・2
小野のスーパーバンタム級の4回戦は2試合目だった。
予定では午後6時20分頃にゴングとなる。

来てくれ――
僕は観客席で友人の写真家、高木俊幸を待っていた。
小野のことに興味を持った高木が仕事の合間に顔を出してくれることになっていたのだ。
「試合前に高木さんに控え室に来て貰っても構いませんから」
小野にはそういわれていた。
プロボクサーとしての確かな証を
プロカメラマンの腕を借りて残しておきたかったのかもしれない。

第1試合のゴングが鳴って間もなく、携帯電話が揺れた。
「今そっちに向ってます。まだですよね」
「1試合目が始まったよ」
「急ぎます」
高木からの電話だった。

1試合目は幸いにして、両選手が粘り強く攻め合う長い試合になっていた。
観客席からは控え室から姿を現した小野が見えた。
この試合の為に友人から借りた黒いトランクスの両サイドには白いラインが光っている。
上半身を黒いTシャツに身を包んだ彼は軽快にフットワークをしながら、
青いグローブを小刻みに揺らしていた。
いつもの笑顔も見える。
程よい緊張感に包まれたベテランボクサーは
普段会う時よりも一回りも二回りも大きく見えた。

いける、大丈夫だ――僕はそう思った。その時、再び携帯が揺れた。
「今、ホールの下にいます」
すぐさまチケットを掴み、入口へと駆け出した。
「すみません!」
カメラを抱えた高木は既に臨戦体制になっている。
「もう通路に出ているよ」
高木は階段を駆け降り、小野の傍へと走った。
挨拶もそこそこにジム仲間と一緒にファイティングポーズをとる小野。
仲間たちとカメラを見つめる小野の視線が静かに燃えている。
彼はこの試合の始まりから終わりまでを初対面のカメラマンにも託したのだ。

そのすぐ後、僕はこの日、小野と初めて目が合った。
右拳を握って眼差しでエールを送る。
小野は黙って頷き、軽く微笑んだ。
いつもとは違う力の篭った笑顔だった。

【つづく】

※写真撮影・高木俊幸

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