始まりの夜・5
4ラウンドを最終ラウンドというのは
あまりにも早いラウンドかもしれない。
小野はプロデビューから、ずっと4回戦を戦い続けてきた。
あがき、もがき、じっと耐えながら最後まで4回戦ボーイだった。

セコンドにいる会長が小野を励まし、
観客席からは応援する多くの人たちが勝利を祈っている。
カメラを握る高木もリングの下でボクサーとしての小野の姿を追っている。
小野は何かを掴めるのだろうか――
僕は余計な心配をしながら、リング中央に向う彼を見つめた。

最終ラウンドは小野も相手ももう気力だけで戦っているようだった。
ロープを背に自分のボクシングをやり切る小野は、
へたばる肉体に鞭を打ち戦っている。
3分という時間は長いのか、短いのか。

小野はこのラウンド、決して逃げはしなかった。
思うにままならぬ足を引きずり、
疲れ切った腕に魂を込めてパンチを打ち続けた。
 
判定になれば微妙な状況だ。
それでも自分自身に打ち克つためには自分自身を信じ切るしかないのだ。
小野はラストラウンドの180秒も自分のスタイルを貫き通した。
 
判定が下された時、会場はわずかにどよめきが起こった。
僅差ながら3人の審判のポイントは全員、相手が上回っていた。
小野の表情が穏やかに崩れた。
プロボクサーとしての彼の旅が終った瞬間だった。

「送ってきますよ」
次の試合をぼんやり眺めていると、撮影を終えた高木が傍に来た。
小野とはまたゆっくり会えばいい。
高木の好意に甘えて、僕は送ってもらうことにした。
話し相手が欲しい気分だった。

【最終回につづく】

※写真撮影・高木俊幸

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