「どんなモチベーションでやればいいのかな?」
クライミングの大会当日。西武池袋線、武蔵藤沢の駅から会場に向かって娘のユイと一緒に歩いている時だった。
「エンジョイ&チャレンジだろ」

ユイにとっては今までに経験したことのないカテゴリーでの大会だった。「The North Face Cup 2015」は、全国10地域での予選を勝ち抜いた選手が集まるボルダリングのコンペで、下は8歳以下のU-8から上はトップクライマーが集うディビジョン1まで11のカテゴリーに分かれてのビッグコンペだった。
女子のディビジョン1にはクライミングファンなら誰もが知っているボルダリンクの世界ランキング1位の野口啓代さん、日本代表の野中生萌さんなどトップ選手たちに加えアメリカを代表するクライマーの1人、アレックス・ジョンソンさんも出場する。
そんなとんでもないビッグコンペの同じカテゴリーに、予選での超ラッキーに恵まれて娘のユイは参加することになってしまったのだ。
 
クライミングの種目としてボルダリングは、ロープを使わずに身ひとつで2~3m程度の人工壁にセットされた様々な課題に挑む競技である。ロープを使わない手軽さから今ではジムの数も増え、愛好者も増えている。
僕は10年前、あるクライマーと出会い、そのことがきっかけで娘にクライミングを体験させた。当時小学校2年生だったユイはそのシンプルで達成感のあるクライミングに嵌ってしまい、18歳になった今も泣いたり、笑ったりしながら続けている。ワールドカップで入賞するほどに成長した同年代の野中生萌さんとは幼い頃、一緒に登ったこともある。先を行くトップクライマーの背中を眺めながらユイもずっと壁に向かっていた。

会場は埼玉の入間市にある日本を代表するクライマー平山ユージさんプロデュースの「クライミングジム・ベースキャンプ」。国内でも最大規模のクライミングジムで開催されるボルダリングの大会は選手や応援する者たちの活気に溢れ、まるで祭りのように賑わっていた。
まずはウォーミングアップ、そのエリアでは男女のディビジョン1のカテゴリーに出場する選手たちが黙々と体を温めていた。軽く体を動かす者、ストレッチをする者、壁を登っている者、下のカテゴリーが競技をしている傍ら、その空間には凛と張り詰めた空気が漂っていた。そんな雰囲気に気圧されながらもウォーミングアップのエリアに入っていくユイ。小柄なユイがますます小さく見えて微笑ましい。折角のビッグコンペ、何から何まで貴重な経験になるはずだ。やるだけやればいいと、心の中で背中を押した。
女子のディビジョン1の選手は海外招待選手を含めて19名。準決勝で8つの課題に挑み、その完登数と途中にあるボーナスポイント(課題を完登できなかった場合)をいくつ掴んだかで競い合うことになる。決勝進出者は6名、ワールドクラスの選りすぐり課題を数多く制覇した者だけが決勝進出の高いハードルを乗り越えられる。

結果から言うと、8課題を全て登った選手は野口さん、野中さんの2人だけ。決勝進出者は最低でも4つの課題を登っている。準決勝敗退の残りの13名は3つ以下の完登で、ユイは1完登3ボーナスポイントの17位タイ。ブービー賞という結果だった。
全く歯が立たなかった課題もある。もう少しという課題もあった。ユイは小さい体を精一杯使って、未知のコンペに立ち向かい、それでも痺れるような緊張感を楽しんでいるようだった。ユイの唯一の完登は制限時間が過ぎてのラストトライ、落ちれば完登なしという結果で終わるところ。体を伸ばし、最善の手の位置を何度も確認し、片方の足でバランスを取りながら、手の先ぎりぎりでゴールのホールドを掴みとったものだった。友人のクライマーの応援や、観客たちの声援も力になったはずだ。親馬鹿だが、全てをやり終えて、ささやかに微笑んだユイは小さいながらも輝いていた。

「アレックスさんに一緒に写真を撮って貰おうかな」
「自分で頼んでみろよ」
会場の隅で長身のアレックス・ジョンソンさんが寛いでいた。身振り手振りと拙い英語でツーショットを頼むと快く笑顔で応じてくれた。長身のアレックスさんが屈みこむようにユイの肩を回してくれた。大人と子供のようなツーショット。記念の一枚は忘れられない大切な一枚になったと思う。

帰り、ユイと一緒に来た道を駅へとゆっくり歩く。
「出て、良かったよ」
ユイがぽつりと話した言葉が曇り空を舞った。

コメント

nophoto
弘資
2015年3月19日17:30

とっても良い経験が出来ましたね!

羽生遊
2015年3月20日16:41

弘資さんへ
いつも娘がお世話になっています。
ユイはクライミングの世界に飛び込んで、
人との出会いでは本当に恵まれました。
父親としても嬉しい限りです。

今日は弘資さんたちと一緒に鷹取山。
ユイにとってもアウトドアの原点です。
また、貴重な経験になったと思います。
ありがとうございます。

naochan
2015年3月24日13:41

忘れられない一日でしたね。

羽生遊
2015年3月25日16:05

naochanへ
娘のほんの少しの成長を感じる1日でした。
大好きなものと出会い、生涯続けるだろうこと。
人生の幸せのひとつですね。

naochanも好きなこと、大いに楽しんで下さいね。

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