この時期、テレビや新聞などで原爆投下の特集が組まれています。

先日も家族で広島の原爆投下の特集を見ました。
あまりにも悲惨な真実、あまりにも理不尽な行為。

昨晩は「黒い雨」を妻と見ました。
何の罪もない人たちが抱えてしまった重い十字架。

原爆と限らず、戦争に何ひとつ良いことはありません。
善悪の境目がなくなり、人が人ではなくなってしまう戦争。
正義の国も悪の国もない、ひとりの命の重みに差はないはずです。

理想は遥か遠くにあるのかもしれません。

それでも、僕たちは――
たくさんの人たちの犠牲の上に獲得した平和の遺伝子を、
次世代へと伝える義務を負っていると思うのです。

コメント

まるこ
2017年8月9日5:34

おはようございます。
突然にすみません。まること申します。
おっしゃる通りですね。平和の遺伝子は次世代へそして又次の世代へと
繋がっていかなくてはなりませんね。共感しました。
8月は鎮魂の月ですね。

羽生遊
2017年8月9日10:11

まるこさんへ
おはようございます。はじめまして。
勇気を頂くコメント、ありがとうございます。
子が育ち、今年は孫も生まれ、平和な世の中への思いが、
より深くなっていく実感があります。

鎮魂の月、本当にそうですね。
何ができるわけではありませんが、
まるこさんのおっしゃる通り、繋がる思いは大切ですね。
コメント、ありがとうございました。

naochan
2017年8月9日10:14

広島に生まれ、育った主人の父は、あの日の事を
一切話さず、この世を去りました。

私は、何故、聞いておかなかったかと、後悔するばかり!
テレビや新聞より、生証人がいたのに。
ただ、父の気持ちは、どうだったかは判りません。

何も言わなかった事が、父の証言だったのか、
とも最近、思う事があります。

改めて「謝罪を求めない」事の崇高さを実感します。

羽生遊
2017年8月9日10:24

naochanへ
ご親族の方の貴重なお話、ありがとうございます。
僕らと違って、当事者の方たちはその思いも重く深いものだと思います。
憤る気持ちや悲しむ気持ちの大きさは僕らは想像することしかできません。

お義父さまのように、謝罪を求めない崇高な思いは、
僕ら戦争を知らない世代へ平和を託す強い思いのような気もします。
戦時を体験した方の思いを、少しでも引き継げればと改めて思っています。

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