今、松本清張氏の「砂の器」(新潮文庫)を再読しています。
読んだ方もたくさんいると思いますが、
推理小説でありながら社会小説でもあり、いくつかの地方や都会の街角を、
自分自身が歩き回ってる感覚にさせてくれます。
文章の重さ、言葉の重さも、ずしりずしりと伝わってきます。

「罪の境界」は神奈川新聞の連載小説で6月からスタートしました。
僕は連載小説なるものを一度も読んだことはなかったのですが、
今回はテーマに興味があり、日々読み続けてみようと思いました。
作者の薬丸岳氏が不条理な犯罪の事後を描く連載、詳細は省きますが、
「絶望の淵からの希望」を描くと薬丸氏は語っています。

作者が伝えようとしていることを感じ取るのは難しいかもしれません。
それでも、解釈は人それぞれであって良いし、違う環境で過ごし、
「個」として「他」との関係性の中で生き続ける僕たちの感性は、
十人十色で当たり前のような気がします。

コメント

naochan
2020年6月15日11:09

おはようございます。
「砂の器」まだ、読んだ事がありません。あまりにも有名で、最近では中居くんが犯人役でしたよね。羽生遊さんのお勧めコメントの「自分自身が歩き回ってる感覚」私も感じてみたいです。って言いながら、ちょっと先になります。スミマセン。

もう一つの連続小説、新聞が待ち遠しくなりますね。
犯罪の事後とは、扱うテーマが珍しいですね。
また、羽生遊さんの感想をお聞かせ下さいね。

前に教えて頂いたのも読みました。他人の人生を生きる事、
いつ、発覚するか判らないのに、それでも人は幸せを求めるのですね。
そして、「死」によって、全てが違うと言う視点から回り始める。
興味深い内容でした。

naochan
2020年6月15日16:35

連続コメント失礼します。
今、デジタルリマスター版の加藤剛が主役をした「砂の器」を観ました。
暗い映画でしたが、出演されている役者さんの演技が良かったです。
私、緒方拳さんが好きなので、知らずに観ました。
羽生遊さんが言われた様に、自分自身が歩き回っている感覚が映画でも有りました。山中温泉と宍道湖は行った事があるので、尚更興味深かったです。

羽生遊
2020年6月16日11:12

naochanへ
こんにちは。「砂の器」は何回も映画やドラマになったようで、
それぞれに演者や脚本が変って味の違いを出していますが、
僕も中居さんが主役のドラマも見ました。
ドリカムの「やさしいキスをして」を聴くと思い出します。
naochanが観た映画の方は僕はまだ観ていませんが、
キャストの面々を見ると、とても重厚な仕上がりのような気がします。
時代的にもマッチしていますかね。

余談ですが、緒形拳さんは子供の頃、比較的近所に住んでいて、
父親と家の前を通った時に、たまたま庭にいて、
知り合いでもないのに、父が気軽に(笑)声をかけて、
写真を撮らせて貰ったことがあります。
さっとタバコを口にあてて、さっとポーズをしたのが印象に残っています。

「ある男」も最近、再読しました。
同じ小説を何回か読むと、違う発見があったり、
忘れていたシーンを再認識したりと、面白さが膨らむことがあります。
naochanのコメントにもまた、考えさせられるものがあります。
他者の人生を生きることに、自分はリセットされてしまうのか、
その人にとっての幸せって何なのか。
難しく考えたり、シンプルに感じたり、それでいいんですかね(笑)

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